我輩は猫である P19
「それぎりかい」「むむ、甘うまいじゃないか」「いやこれは恐れ入った。飛んだところでトチメンボーの御返礼に預あずかった」「御返礼でもなんでもないさ、実際うまいから訳して見たのさ、君はそう思わんかね」と金縁の眼鏡の奥を見る。「どうも驚ろいたね。君にしてこの伎倆ぎりょうあらんとは、全く此度こんどという今度こんどは担かつがれたよ、降参降参」と一人で承知して一人で喋舌しゃべる。主人には一向いっこう通じない。「何も君を降参させる考えはないさ。ただ面白い文章だと思ったから訳して見たばかりさ」「いや実に面白い。そう来なくっちゃ本ものでない。凄すごいものだ。恐縮だ」「そんなに恐縮するには及ばん。僕も近頃は水彩画をやめたから、その代りに文章でもやろうと思ってね」「どうして遠近えんきん無差別むさべつ黒白こくびゃく平等びょうどうの水彩画の比じゃない。感服の至りだよ」「そうほめてくれると僕も乗り気になる」と主人はあくまでも疳違かんちがいをしている。
ところへ寒月かんげつ君が先日は失礼しましたと這入はいって来る。「いや失敬。今大変な名文を拝聴してトチメンボーの亡魂を退治たいじられたところで」と迷亭先生は訳のわからぬ事をほのめかす。「はあ、そうですか」とこれも訳の分らぬ挨拶をする。主人だけは左さのみ浮かれた気色けしきもない。「先日は君の紹介で越智東風おちとうふうと云う人が来たよ」「ああ上あがりましたか、あの越智東風おちこちと云う男は至って正直な男ですが少し変っているところがあるので、あるいは御迷惑かと思いましたが、是非紹介してくれというものですから……」「別に迷惑の事もないがね……」「こちらへ上あがっても自分の姓名のことについて何か弁じて行きゃしませんか」「いいえ、そんな話もなかったようだ」「そうですか、どこへ行っても初対面の人には自分の名前の講釈こうしゃくをするのが癖でしてね」「どんな講釈をするんだい」と事あれかしと待ち構えた迷亭君は口を入れる。「あの東風こちと云うのを音おんで読まれると大変気にするので」「はてね」と迷亭先生は金唐皮きんからかわの煙草入たばこいれから煙草をつまみ出す。「私わたくしの名は越智東風おちとうふうではありません、越智おちこちですと必ず断りますよ」「妙だね」と雲井くもいを腹の底まで呑のみ込む。「それが全く文学熱から来たので、こちと読むと遠近と云う成語せいごになる、のみならずその姓名が韻いんを踏んでいると云うのが得意なんです。それだから東風こちを音おんで読むと僕がせっかくの苦心を人が買ってくれないといって不平を云うのです」「こりゃなるほど変ってる」と迷亭先生は図に乗って腹の底から雲井を鼻の孔あなまで吐き返す。途中で煙が戸迷とまどいをして咽喉のどの出口へ引きかかる。先生は煙管きせるを握ってごほんごほんと咽むせび返る。「先日来た時は朗読会で船頭になって女学生に笑われたといっていたよ」と主人は笑いながら云う。「うむそれそれ」と迷亭先生が煙管きせるで膝頭ひざがしらを叩たたく。吾輩は険呑けんのんになったから少し傍そばを離れる。「その朗読会さ。せんだってトチメンボーを御馳走した時にね。その話しが出たよ。何でも第二回には知名の文士を招待して大会をやるつもりだから、先生にも是非御臨席を願いたいって。それから僕が今度も近松の世話物をやるつもりかいと聞くと、いえこの次はずっと新しい者を撰えらんで金色夜叉こんじきやしゃにしましたと云うから、君にゃ何の役が当ってるかと聞いたら私は御宮おみやですといったのさ。東風とうふうの御宮は面白かろう。僕は是非出席して喝采かっさいしようと思ってるよ」「面白いでしょう」と寒月君が妙な笑い方をする。「しかしあの男はどこまでも誠実で軽薄なところがないから好い。迷亭などとは大違いだ」と主人はアンドレア・デル・サルトと孔雀くじゃくの舌とトチメンボーの復讐かたきを一度にとる。迷亭君は気にも留めない様子で「どうせ僕などは行徳ぎょうとくの俎まないたと云う格だからなあ」と笑う。「まずそんなところだろう」と主人が云う。実は行徳の俎と云う語を主人は解かいさないのであるが、さすが永年教師をして胡魔化ごまかしつけているものだから、こんな時には教場の経験を社交上にも応用するのである。「行徳の俎というのは何の事ですか」と寒月が真率しんそつに聞く。主人は床の方を見て「あの水仙は暮に僕が風呂の帰りがけに買って来て挿さしたのだが、よく持つじゃないか」と行徳の俎を無理にねじ伏せる。「暮といえば、去年の暮に僕は実に不思議な経験をしたよ」と迷亭が煙管きせるを大神楽だいかぐらのごとく指の尖さきで廻わす。「どんな経験か、聞かし玉たまえ」と主人は行徳の俎を遠く後うしろに見捨てた気で、ほっと息をつく。迷亭先生の不思議な経験というのを聞くと左さのごとくである。
「たしか暮の二十七日と記憶しているがね。例の東風とうふうから参堂の上是非文芸上の御高話を伺いたいから御在宿を願うと云う先さき触ぶれがあったので、朝から心待ちに待っていると先生なかなか来ないやね。昼飯を食ってストーブの前でバリー・ペーンの滑稽物こっけいものを読んでいるところへ静岡の母から手紙が来たから見ると、年寄だけにいつまでも僕を小供のように思ってね。寒中は夜間外出をするなとか、冷水浴もいいがストーブを焚たいて室へやを煖あたたかにしてやらないと風邪かぜを引くとかいろいろの注意があるのさ。なるほど親はありがたいものだ、他人ではとてもこうはいかないと、呑気のんきな僕もその時だけは大おおいに感動した。それにつけても、こんなにのらくらしていては勿体もったいない。何か大著述でもして家名を揚げなくてはならん。母の生きているうちに天下をして明治の文壇に迷亭先生あるを知らしめたいと云う気になった。それからなお読んで行くと御前なんぞは実に仕合せ者だ。露西亜ロシアと戦争が始まって若い人達は大変な辛苦しんくをして御国みくにのために働らいているのに節季師走せっきしわすでもお正月のように気楽に遊んでいると書いてある。――僕はこれでも母の思ってるように遊んじゃいないやね――そのあとへ以もって来て、僕の小学校時代の朋友ほうゆうで今度の戦争に出て死んだり負傷したものの名前が列挙してあるのさ。その名前を一々読んだ時には何だか世の中が味気あじきなくなって人間もつまらないと云う気が起ったよ。一番仕舞しまいにね。私わたしも取る年に候えば初春はつはるの御雑煮おぞうにを祝い候も今度限りかと……何だか心細い事が書いてあるんで、なおのこと気がくさくさしてしまって早く東風とうふうが来れば好いと思ったが、先生どうしても来ない。そのうちとうとう晩飯になったから、母へ返事でも書こうと思ってちょいと十二三行かいた。母の手紙は六尺以上もあるのだが僕にはとてもそんな芸は出来んから、いつでも十行内外で御免蒙こうむる事に極きめてあるのさ。すると一日動かずにおったものだから、胃の具合が妙で苦しい。東風が来たら待たせておけと云う気になって、郵便を入れながら散歩に出掛けたと思い給え。いつになく富士見町の方へは足が向かないで土手どて三番町さんばんちょうの方へ我れ知らず出てしまった。ちょうどその晩は少し曇って、から風が御濠おほりの向むこうから吹き付ける、非常に寒い。神楽坂かぐらざかの方から汽車がヒューと鳴って土手下を通り過ぎる。大変淋さみしい感じがする。暮、戦死、老衰、無常迅速などと云う奴が頭の中をぐるぐる馳かけ廻めぐる。よく人が首を縊くくると云うがこんな時にふと誘われて死ぬ気になるのじゃないかと思い出す。ちょいと首を上げて土手の上を見ると、いつの間まにか例の松の真下ましたに来ているのさ」