下女は大おおいに感動している。
「風邪かぜを引くといってもあまり出あるきもしないようだったに……」「いえね、あなた、それが近頃は悪い友達が出来ましてね」
下女は国事の秘密でも語る時のように大得意である。
「悪い友達?」「ええあの表通りの教師の所とこにいる薄ぎたない雄猫おねこでございますよ」「教師と云うのは、あの毎朝無作法な声を出す人かえ」「ええ顔を洗うたんびに鵝鳥がちょうが絞しめ殺されるような声を出す人でござんす」
鵝鳥が絞め殺されるような声はうまい形容である。吾輩の主人は毎朝風呂場で含嗽うがいをやる時、楊枝ようじで咽喉のどをつっ突いて妙な声を無遠慮に出す癖がある。機嫌の悪い時はやけにがあがあやる、機嫌の好い時は元気づいてなおがあがあやる。つまり機嫌のいい時も悪い時も休みなく勢よくがあがあやる。細君の話しではここへ引越す前まではこんな癖はなかったそうだが、ある時ふとやり出してから今日きょうまで一日もやめた事がないという。ちょっと厄介な癖であるが、なぜこんな事を根気よく続けているのか吾等猫などには到底とうてい想像もつかん。それもまず善いとして「薄ぎたない猫」とは随分酷評をやるものだとなお耳を立ててあとを聞く。
「あんな声を出して何の呪まじないになるか知らん。御維新前ごいっしんまえは中間ちゅうげんでも草履ぞうり取りでも相応の作法は心得たもので、屋敷町などで、あんな顔の洗い方をするものは一人もおらなかったよ」「そうでございましょうともねえ」
下女は無暗むやみに感服しては、無暗にねえを使用する。
「あんな主人を持っている猫だから、どうせ野良猫のらねこさ、今度来たら少し叩たたいておやり」「叩いてやりますとも、三毛の病気になったのも全くあいつの御蔭に相違ございませんもの、きっと讐かたきをとってやります」
飛んだ冤罪えんざいを蒙こうむったものだ。こいつは滅多めったに近ちか寄よれないと三毛子にはとうとう逢わずに帰った。
帰って見ると主人は書斎の中うちで何か沈吟ちんぎんの体ていで筆を執とっている。二絃琴にげんきんの御師匠さんの所とこで聞いた評判を話したら、さぞ怒おこるだろうが、知らぬが仏とやらで、うんうん云いながら神聖な詩人になりすましている。